心のメンテナンス

毒親持ちの親子の事情~当事者にしか分からないという現実~

先日知り合いの家に遊びに(気晴らしね)行きました。

しばらく会っていなかった知人(幼なじみのお母さん)も来てくれました。

当然ながら近況を報告します。

ここまではまぁ普通の会話の範疇です。

 

問題はこのあとからです。

わたしと両親の不仲の話題となり(心配してくれてたらしい)

色々と説明というか、経緯を話していたのですが、

分かってもらえない・・・

 

分かってもらえない、のは分かっていました。

皆してさとそうとするんですよ。

「もう過ぎたことでしょう?」

「ももちゃんはしっかりしてるから」

「お金(遺産のことね)たくさんもらったらいいよ」

「それはそれ、分けて考えたら?」

もうね、脱力・・・(・_・、)

 

話をしても100%わたしの味方になってくれるなんて無い。

今までの経験上、何度も何度も味わってきた事だけど、

やっぱりへこみマス

 

子ども時代の頃からの積み重ねが爆発してしまって、現在に至るわけですよ。

単純にボタンを1っ個掛け違えた程度の話じゃ無い。

悔しかったり、哀しかったり、寂しかったり・・・

誰だってそんな思いのひとつやふたつはあります。

「あ~そんな事もあったよねー。悪い事したわー」

程度で済まされないほど根深いから、不仲なんですよ。

 

お隣のおばちゃんがしたことなら、すっかり忘れてますよ。

実の親子だったからきっつい思いをしてるんですよねー

何も「ももちゃんが正しい」って言って欲しいんじゃないのよね。

「親も悪気があってした事じゃないんでしょう?」

分かってますよ・・・

悪気があってしたのなら、人間性を疑います。

 

正しいとか正しくないとか、間違ってる間違ってないじゃなくて、

わたしはこれからも生きていかなきゃいけないんだよね。

子どももいるしね。

この子達をちゃんと世間に送り出せるまで見届けなきゃいけないんですよ。

人一人を一人前にしようとしたらやっぱり「愛情」や「しつけ」とかしなきゃいけない、というよりもしてやりたいと思うことがいっぱいあるんですよ。

そんな我が子にしたいことの小さなひとつにでも葛藤があるわけ。

いつも自分と戦いながら子育てをしているんですよね。

 

自分の中の辛いこと=親とのこと ばかり考えてられない。

しんどいなぁって思いながらも、顔を上げて生きていくために

『親と距離を置く』しかなかったんだよねー

 

でも、こういう事って結局同じ境遇の人じゃないと分からないんでしょうね。

カウンセラーさんとか。

以前にあまりにも辛くてカウンセラーを受けた時に

「ももこさん、よく頑張ってきましたね。あなたの精神(心)は強くて真っ直ぐですよ。」

この一言で崩壊したダムみたいに涙が溢れたなー

 

ん~あんまり良くない空模様になってしまった・・・

いつもの「箱」の出番かな。

膨らみそうなモヤモヤを綿アメをぎゅっと縮めるイメージ

「箱」に入る位になったら、ぽいっと入れて、フタをぱたんと閉じる。

チチンプイプイこの箱から出てこれない、出てこれない・・・

よしっオッケー(^^)v

しばらくおとなしくしといてよねー

 

 

 

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください